人格と結果を切り離して考えること

労働力をいかに上手く売るかという話題に対する反応はおしなべて鈍い。みな、労働は義務や責任によって行うべきものであり、個人の誠意と努力の発露だと思っているからだろう。リソ\ースと人格を分離して考えることが出来ないから、労働は真面目におこなうべき神聖なものだと思ったり、人材という口当たりのよい言葉を好む。

労働の結果発生する成果物やサービスは、あくまで生産物であり、作った人の人格は関係ない。接客業の人が、品質が高いサービスを笑顔でさわやかに提供できるなら、その人がプライベートでは毒吐きまくりの嫌なヤツで幼児虐待母だったところで、お客さんにとっては何の関わりもないことだ。良いサービスを提供してくれるなら、それを提供する人がプライベートでエロエロ大王であれ、DV夫であれ、基本的には客の知ったことではない

もっとも、プライベートが破綻している人が、チームワークを要求される仕事を上手くこなせるのかというと、なかなかそうはいかないものだろうが、仕事は完璧だが、家に帰ったら家庭は冷え切っているという人も少なくはないだろう。



何を言ったかより、誰が言ったかを気にする人が多い。それは、言葉の内容と言った人の人格を切り離して考えていないからだろう。誠意あふれる人の言葉だったら聞けるが、ムカつくヤツの言葉では、例えその内容が金言であったとしても聞く気になれないというのが人情というものだ。

が、そういう情に流されていると、言葉の内容を吟味しなくなり、小泉や石原といった喋りが面白いパフォーマンス型政治家、見かけが高潔な人、雰囲気が爽やかな人の言葉に踊らされやすくなるのではないかと思う。詐欺\師はいつでも身なりがビシっとしていて物腰輪柔らかというのは、よく言われることだ。

裏を返せば、人に言うこと聞かせたかったら、話の内容の質を高めることよりも、話す雰囲気をええ感じにすればいいということだろう。セールストークなんかまさにそんな感じだ。
前に、超ヤリ手の保険のセールスマンのセールストークというのをテレビで見たことがあるが、そのトークは、高度な保険の知識をもって加入者のライフプランが最適になるように提案することでは全くなく、お子さんはいらっしゃいますか? お三人、それは大変でしょう。将来の学費などもご心配ですよね。と、心配するフリをして巧みに将来に対する不安を煽り、不安を担保するには保険に入るしかないという心理にさせてしまうというものだった。多分彼の保険商品に対する知識は大したものではあるまい。



進捗が出ていないときに、頭ごなしに部下を人格攻撃する上司というはけっこういる。具体的な問題点そっちのけで、お前はバカだの怠け者だの心構\えがなっていないだのと。
その部下が本当に人間的になっていないなら、そうやって怒るのもしかたないが、いちいち人格攻撃しなければならないというのは、リソ\ースや成果物を作った人間の人格から切り離して考えることが出来ないからだろう。

もしくは上司が能\力不足で、具体的なソ\リューションや問題点を指摘できないから。部下を人格攻撃すれば、部下が自主的に反省して、上司がなんら実になる指示を出せなかったとしても、部下が自ら問題解決に動いてくれることに期待している。つまり上司が部下のやる気に甘えているのだ。

同じような甘えの関係は、顧客との間にも発生する。ぎゃんぎゃん上からクレームをつければ、下請けはびびって勝手にサービス残業して無理を聞いてくれると。
もっとも、逆に顧客の甘えを逆手にとり、案件について真剣に検討していない顧客をええように言いくるめてぼったくるという場合もあるのだが。



ボルトやナットを作るのに、いちいち高潔な人格者など集めていられない。職場で求められるのは生産物であり、よき友人ではない。
優れた管理職は、上手に目標を設定して賞罰を明らかにするので、チームのモチベーションは上がり、同じプロジェクトを力を合わせて実行しているという充実感と一体感をメンバーに与えるが、だからといってメンバー同士が心の友になれるわけではないし、上司が部下を愛しているわけでもない。愛しているように見せかけることぐらいはするだろうが。

人を愛するということは大変な気合が要る重労働なので、そうそう本物の愛など振りまいてはいられない。愛想がいいというのと、愛にあふれているのとは、また違う意味のことだ。